大相撲立行司の式守伊之助、軍配差し違えで出場停止、立行司不在は16年ぶり

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突然だが想像してみてほしい。
相撲の変化が行司の判断をも難しくさせている。

大相撲九州場所7日目に行われた横綱・白鵬と平幕・隠岐の海の一番で、立行司の第40代式守伊之助(55=宮城野)は軍配を隠岐の海に上げましたが、物言いがついた結果、行司軍配差し違えにより白鵬が「やぐら投げ」で勝ちました。

第40代式守伊之助は九州場所3日目の横綱・日馬富士と平幕・碧山の一番に続いて今場所2回目の差し違えで、先場所の大相撲秋場所10日目の鶴竜と妙義龍の一番でも差し違えており、2場所で3度目の差し違えを重く見た日本相撲協会の北の湖理事長から、8日目から3日間の出場停止処分を受けています。

立行司の出場停止は、1999年九州場所千秋楽で当時の第29代伊之助が千代大海と出島戦で差し違え、2000年初場所初日から3日間の処分を受けて以来16年ぶりのこととなります。

現在、行司の最高位である木村庄之助は空位となっており、式守伊之助は立行司として全行司の責任者を務めています。立行司は、もし軍配を差し違えれば、理事長に対して即座に進退伺いを出すのが慣例となっており、腰に帯びる短刀は、差し違えたときには腹を切るという覚悟を示しているとも言われています。

第40代式守伊之助は、木村庄之助が不在で立行司が1人という状況ながらも「それは言い訳にはなりません。申し訳なく、不徳の致すところ。先場所に続き3回目ですし、本来なら3日でも短い処分。当然です」と反省の言葉を並べています。

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立行司の軍配差し違え

行司の最高格である立行司は短刀を腰に差しており、軍配を差し違えた場合には切腹するという覚悟を示しているという説がありますが、第35代木村庄之助はかつて行事を行っていたのが武士であったことから、帯刀はその名残に過ぎないという説もあります。

実際のところ、軍配を差し違えた立行司が切腹したことはありませんが、日本相撲協会に進退伺を出すことが慣例となっています。

現在まで軍配を差し違えた立行司の進退伺が受理された例はありませんが、第25代木村庄之助が1972年1月場所8日目の関脇・貴ノ花と横綱・北の富士との一番で物言いがつき軍配差し違えとなりましたが、進退伺いを出すことを拒否し、翌3月場所直前に自ら辞表を提出し、定年を前に退職しています。

また、過去に比べて軍配差し違えが増えてきたことに関して、相撲記者は「昔とはスピードが違う」と話し、次のように続けています。

「近年は力士の体重増加で単なる巨漢力士の押し合いが目立つ一方で、俊敏力のあるモンゴル勢が土俵を席巻するようになった。彼らは広い草原で行うモンゴル相撲のごとく、めまぐるしく土俵内を駆け回る。動ける日本人力士も彼らに対抗するため、ますます速い相撲が増える。そうなると行司の負担は昔より増えるし、何よりめまぐるしい相撲は位置取りも大変。決着の瞬間、運悪く力士の後ろから見ていたら、判定も難しくなる」

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