森下仁丹の京都町名入り看板が盗難被害続出、古物商に転売か

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突然だが想像してみてほしい。
住民が大切にしているものが転売目的で盗まれていく実態を。

京都の町には、森下仁丹株式会社が広告を兼ねて設置した「町名看板」が数多く残っています。その看板が2014年末から相次いで無くなっており、転売目的で誰かが盗んだものとみられています。

「表示板は京都の文化財」としてきた愛好家グループ「京都仁丹樂會」(立花滋代表)は「全市民が被害者だ」と憤り、仁丹町名看板が盗難にあった家の方々は、「残念で腹立たしい」、「代々引き継いで大切にしてきたものを」と悔しさを滲ませています。

森下仁丹が設置した町名看板は100年前に広告を兼ねて全国の町に設置されました。現在では数も少なくなっており、700枚以上まとまって存在しているのは京都市内だけだということです。

「京都仁丹樂會」
http://jintan.kyo2.jp/

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仁丹町名看板

仁丹町名看板は、縦90.5センチ、横14.5センチのサイズのものが大半で、ホーロー製となっています。森下仁丹の商標である「大礼服マーク」がつけられており、町名が記載されています。

「大礼服マーク」
http://www.jintan.co.jp/museum/logo/index.html

太平洋戦争において、森下仁丹株式会社の本社が全焼したために、「いつ」「どこで」製作され、「だれが」「どのようにして」「どこに」設置したかは、現在では全く分からなくなっているということです。

1910年頃から大阪、東京、京都、名古屋の年から設置された町名看板はやがて全国に広がり、戦災を免れた京都では数多くが残りましたが、町屋の改装などに伴い減少傾向で「京都仁丹樂會」によると、現存しているのは約720枚だということです。

「森下仁丹歴史博物館」
http://www.jintan.co.jp/museum/ads/910.html

町名の表示がないため、来訪者や郵便配達人が家を捜すのに苦労しているという当時の人々の悩みに応え、1910年(明治43年)からは、大礼服マークの入った町名看板を次々に掲げ始めた。当初、大阪、東京、京都、名古屋といった都市からスタートした町名看板はやがて、日本全国津々浦々にまで広がり、今日でも戦災に焼け残った街角では、昔ながらの仁丹町名看板を見ることができる。

転売される仁丹町名看板

2014年12月以降、上京区に設置されていた計10枚が相次いで無くなりました。盗品とみられる仁丹町名看板が古物商で10万円台で販売されており、またインターネットでも5万円からオークションにかけられるなど、そのレトロさと希少価値を見込んでの転売目的だと思われます。

仁丹町名看板の所有権は森下仁丹側の資料が戦災で焼失しているため曖昧なものになっています。森下仁丹側の所有権放棄が確認できれば住民側に権利が移転した、と民法上みなされる可能性が高いと考えられており、オークションの出品者らに返還請求ができます。また、古物営業法により盗難1年以内であれば、事情を知らない古物商にも無償で返還を求めることが可能であると考えれます。

「京都仁丹樂會」では仁丹町名看板の設置先への防犯啓発を検討されており、ひとつの文化を守るためにも頑張ってほしいところです。

森下仁丹の京都町名入り看板がオークション出品、犯人特定

森下仁丹の京都町名入り看板がオークション出品、犯人特定
突然だが想像してみてほしい。 文化は守っていくことに意義があり、その場所に存在することで価値があります。 京都の町には、森下仁丹株式会社が広告を兼ねて設置した「町名看板」が数多く残っています。その看板が2014年末から相次いで無くなっており、転売目的で誰かが盗んだ...

もし、インターネットオークションなどで「仁丹町名看板」を見かけることがあれば、京都府警や最寄りの警察にご連絡をお願い致します。

京都府警情報提供フォーム
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/jouhouteikyoufo-mu.html

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