将棋の藤井聡太二段、13歳にして次世代を担うと期待される逸材

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突然だが想像してみてほしい。
人を魅了する若い力の出現にはいつの時代でもわくわくするもの。

スポーツなどで中学生や高校生がその先にあるプロの世界でどれだけ通用するのかを考えるのは楽しいことです。

将棋の世界でも新しい若い力が芽吹いており、2002年生まれの藤井聡太二段(13)は5歳で将棋を始め、小学4年生の2012年9月に6級で奨励会に入会し、順調に昇級、昇段を重ね「棋士」となる四段まで手が届くところになっています。

藤井聡太二段は愛知県瀬戸市の自宅から対局があるたびに大阪の関西将棋会館を訪れ、普段の研究はインターネット対局で行っているといいます。奨励会幹事である山崎隆之八段(34)は「他の人と群れることがないので、周囲も近寄りがたい独特の雰囲気を持っている。これはトップを走る人に共通する部分」とその強さを分析しています。

9月21日に行われた対局で2連勝すると直近の成績が12勝4敗となり、史上最年少の13歳2か月での三段昇進という状況でしたが、残念ながら2局目に敗れてしまい、プロ入りをかけた2015年10月からの奨励会三段リーグへの参戦は果たせず、史上初となる13歳での四段昇進、「棋士」となることは叶いませんでした。

しかし、史上最年少棋士となるチャンスはまだ残されており、最速であれば2016年4月からの奨励会三段リーグへの挑戦、三段リーグの上位2名となることで2016年9月には14歳2か月で四段昇進し、これまでの記録である加藤一二三九段(75)の14歳7か月を5か月更新することになります。

過去に中学生として四段昇段を決めたのは、加藤一二三九段、谷川浩司九段(53=十七世名人)、羽生善治名人(44=十九世名人)、渡辺明棋王(31=永世竜王)、とそうそうたる名前が並びます。

規格外のスピードで出世を続ける藤井聡太二段はこの中に名を連ねることができるのか、期待は膨らむばかりです。

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藤井聡太二段

藤井聡太二段は小学校の卒業文集に「中学生のうちにプロになりたい」と記し、「できるだけ早く四段に上がりたい。上がらないといけないと思っている」と現在では話しています。

そんな藤井聡太二段が将棋を覚えたのは5歳の時で、駒に動かし方が書いてある将棋セットを使い祖母と初心者同士で指したのが最初だと言います。「祖母はたまに銀を(動けない)横に動かすんです」と笑う藤井聡太二段は、祖母の次には祖父に相手をしてもらい、将棋を覚えて3~4か月後には地元の将棋教室に通い始めるほど熱中しました。

将棋教室では詰将棋を解いたり、駒落ちの定跡を覚えるために文字を書くことも多かったといいますが、母親によると「まだ字を教えておらず、私が代わりに書いていた」といい、ひらがなよりも将棋を覚えたのが先だというのも面白いことです。

幼稚園の誕生日カードには「名人になりたい」と早くも将棋界のトップを目指し、小学1年生の3月には「アマ初段」として東海研修会に入会、その後、小学3年生のときに小学生名人戦の愛知県予選決勝で敗れ号泣、さら将棋に打ち込むために杉本昌隆七段に師匠になってもらい、小学4年生に関西奨励会に入会しました。

「奨励会」に入会するということは、プロの棋士を目指すということで、幼くして将来の職業を選択することでもあり、母親は「あまりにずっと将棋ばかりやってたので違和感がなかった。今になって、大変なことなんだな」と感じているといいます。

対局が行われる奨励会例会の日には毎回、両親のどちらかが付き添い、大阪の関西将棋会館まで通っていましたが、母親によると「生活能力が低い」そうで、財布を新幹線の座席に忘れて降りてしまい、発車時刻を過ぎた新幹線に1分ほど待ってもらったこともあるといいます。

また、小学校の卒業を機に一人で大阪に泊まりで行かせてみたところ「服と傘を全部、将棋会館に忘れて帰ってきました」というちょっと抜けたところはまだ幼さを感じさせます。

どんな世界でも、それまで隆盛を誇ったものが若き勢いのあるものに取って代わられる世代交代が起きるものですが、藤井聡太二段がその若き勢いのあるものになれるか、ぜひ注目しておきたいところです。

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