人間国宝の桂米朝(89)さん死去、上方落語中興の祖

人間国宝である、落語家の桂米朝(89)さんが、3月19日午後7時41分に肺炎のために亡くなられました。

通夜は3月24日、葬儀は大阪府吹田市の公益社千里会館で営まれ、喪主は長男で弟子の桂米團治(本名・中川明)さんが務められます。

桂米朝さんは、2013年にも肺炎のため入院した際にも、38.8℃の高熱と嘔吐を繰り返し、兵庫県尼崎市内の病院に救急車で搬送されたことがあり、また、2012年には自宅で転倒し第四腰椎を圧迫骨折するなど、体調不良で入退院を繰り返しておられました。

また、毎年行われる新春恒例の一門による落語会「米朝一門会」も2014年、2015年と2年続けて欠席するなど、体調が心配されていた矢先の出来事でした。

3月20日午前10時より、リーガロイヤルホテル大阪で事務所関係者による記者会見で桂米團治さんは、1月下旬に危篤状態に陥った時に、医師より「はっきり言うとご寿命です。あちらへ行く準備をしていると思います」と説明されていたといいます。

一時は小康状態を取り戻したものの、19日夕方に病院から「血圧が下がっている」と連絡を受け、弟子や親族を呼び寄せ集まったところで「眠るように亡くなった」と説明しました。

会見で桂ざこばさん(67)は号泣し、「お疲れさまでした!」と天国に向かう師匠にあいさつすると、涙がこみ上げ、言葉にならず「じょじょに、こないに上手に亡くなるとは…。こんなにキレイにいくもんなのか」と声を振り絞りました。

本名は中川清さん(なかがわきよし)。現代の落語界を代表する落語家の一人として、第二次世界大戦後滅びかけていた上方落語を継承し、戦後の復興への功績を称え「上方落語中興の祖」と言われています。

1996年に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2009年に演芸界初の文化勲章受章者となっています。

桂米朝さんのご冥福をお祈りいたします。

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桂米朝さん

3代目桂米朝さんは、1925年11月6日生まれの89歳です。

1925年、旧満州国の関東州大連普蘭店(現中華人民共和国遼寧省大連市普蘭店市)に生まれ、1930年に祖父の死去に伴い、父が神社(九所御霊天神社)の神主を継ぐため一家で姫路へ帰郷しています。米朝さん自身も、周囲の勧めもあって、神主の仮免状を取得しておられました。

1947年9月に会社勤めをしながら4代目桂米團治さんに入門し3代目桂米朝を名乗り、6代目笑福亭松鶴さん、3代目桂小文枝さん、3代目桂春団治さんらと共に「上方落語四天王」として人気を集めました。

入門当初は上方落語の後継者は10人余りにまで減少していたといい、落語に対する世間に理解は乏しく、地方ではテレビの「笑点」で行われている「大喜利」が落語であると認識されていたこともあるといい、高座に上がって落語を始めても、「一人で喋らないで早く落語を始めろ」と野次が飛んでくるような厳しい状況で、苦労は並大抵のものではなかったと考えられます。

1958年頃には朝日放送専属のタレントとしても活動し、多数の番組に出演し人気を博し、1974年には担当マネージャーを社長に据えて、「芸能事務所米朝事務所」を設立し、現在でも一門の多くがこの事務所に所属しています。

また、桂米朝一門として月亭可朝さん、桂枝雀さん、桂ざこばさんなど著名な落語家を多数輩出し、後進の育成にも力を入れていました。弟子は22人、孫、ひ孫弟子まで含めると桂米朝一門は60人以上もの大所帯となっています。

1987年には紫綬褒章を受章、1996年は落語家では5代目柳家小さんに続き2人目となる上方落語界では初の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。

2002年に東京・歌舞伎座の口演を最後に一線を退き、演芸人として史上初の文化功労者顕彰を受け、2009年には演芸人として史上初の文化勲章を受章しました。

桂米朝さんの妻である元女優の中川絹子さん(享年88)は、2014年6月27日に心不全で亡くなっており、当時、長男の桂米團治さんは「普段は感情を表に出さない人だが、さすがに泣いていた」と話しておられました。

今ごろ、天国では仲間や妻たちと思い出話に花が咲いているのでしょうか。

桂歌丸さんの追悼

落語芸術協会会長の桂歌丸(78)さんも桂米朝さんを悼んでおられます。

数年前に富山で開かれた落語会で最後に会ったことを振り返り、「中身はハッキリとは覚えていないけれど、本当にいろいろな話をしました」と話し、その後は米朝さんが体調を崩したこともあり、顔を合わせることはなかったといいます。

仕事で一緒になると、よく食事をともにしたといい「歌丸さんは珍しい話をやりますね、と言われたことがありますが、米朝師匠こそ、大変珍しい話をお持ちだった。全集が出たので、それを読んで勉強しようと考えていたんですが…」と落語界の大きな損失に落胆を隠せない様子を見せておられます。

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