水戸で生まれた「オセロ」世界オセロ選手権大会が水戸で来年開催

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突然だが想像してみてほしい。
白と黒が織りなすゲームの世界のはじまり。

オセロの世界一を決める「第40回世界オセロ選手権大会」が、来年2016年11月に茨城県水戸市で10年ぶりに開催されることが決まりました。

水戸市はオセロの考案者である日本オセロ連盟長谷川五郎会長の出身地で、「オセロ発祥の地」として2006年の第30回大会以来10年ぶりに「世界オセロ選手権大会」が開催されることになり、世界30か国・地域から過去最大規模となる100人ほどが参加する予定です。

「第40回世界オセロ選手権大会」の開催地をめぐっては国内の4都市(東京、大阪、京都、水戸)が候補地として名乗りを上げており、水戸市は2年前から誘致活動に取り組み、大会への全面協力を申し出たことなどが認められ開催地に決定しました。

「第40回世界オセロ選手権大会」は2016年11月1日から4日間、水戸市内のホテルレイクビュー水戸を会場として開かれます。

長谷川五郎会長は「第40回の記念大会が水戸でできるのは大変な喜び。水戸の名を世界に広めたい」と話し、また、世界オセロ連盟のベンクト・スティントフト理事は「水戸は特別な場所だ」と感慨深げに話しました。

水戸市での開催決定を受け、日本オセロ連盟茨城ブロック長の和泉貴士さんは「オセロの奥深さや魅力を知ってもらうイベントをどんどん仕掛けていきたい」と喜びを語っています。

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世界オセロ選手権大会

世界オセロ選手権大会は、毎年開催されるオセロ世界チャンピオンを決定するための大会です。

第1回大会は1977年に東京の帝国ホテルで開催され、日本代表の井上博氏がみごとに優勝を飾っています。その後の大会はニューヨークやロンドン、ローマなどさまざまな国で開催され、第10回、20回、30回など節目となる大会は日本で開催されてきており、2016年の第40回大会も日本で開催が予定され、国内候補地から水戸市が開催地として決定しました。

賞金は通常上位4名に与えられており、優勝者に3,000ドル、2位に1,500ドル、3位に750ドル、4位に250ドルとなっています。

世界オセロ選手権大会は、世界オセロ連盟に加盟している国は性別の異なる4名(男性3名、女性1名など)の代表を派遣することが可能です。それぞれの国で代表となる方法は各国のオセロ連盟により定められています。

日本の代表となるためには、「名人戦」「全日本選手権」「王座戦」のいずれかに優勝することで世界選手権に参加する資格が得られます。女性代表は「名人戦」もしくは「全日本選手権」の女子の部で優勝し、それぞれの優勝者による代表決定戦に優勝することで代表権が得られるようになっています。

オセロが誕生するまで

日本オセロ連盟長谷川五郎会長がオセロを考案したのは1945年(昭和20)、旧制水戸中学(現 茨城県立水戸第一高等学校)在学時のことで、囲碁を知らない友人たちと学校の短い休み時間で楽しめるゲームがほしいと思い、碁石を使い相手の石を挟むととれるというルールの「挟み碁」を考案したことに始まります。

少しずつルールを変えていき、取った石を白・黒と取り換えるように変化させましたが、手数が進むにつれ石の取り換え作業に手間取るようになったため、ひっくり返すと色が変わるように表裏を白と黒に染めたボール紙で代用、その後牛乳瓶のふたを張り合わせて使うようになり「オセロ」の原型が生まれました。

自らが考案したこのゲームに「オセロ」と名付けた由来は、ゲームの命名を英文学研究者の父に相談したところ、シェイクスピアの「オセロ」を取り上げたからだといいます。

シェイクスピアの「オセロ」は、白人女性の「デズデモーナ」(=白石)と、その夫の黒人「オセロ」(=黒石)が、緑の平原(=緑の盤面)で勇猛果敢に闘う物語で、敵・見方が頻繁に寝返るストーリーの演劇作品で、これに倣い、ゲームの名を「オセロ」とし、盤面を「緑」にすることが決まりました。

オセロは1分で覚えられ、ゲーム内容はスリルとサスペンスの連続、しかも短時間で終わることから水戸中学だけでなく、進学した水戸一高、茨城大学で流行したものの、当時はまだ長谷川五郎会長自身に広く一般に普及するという情熱はなかったといい、「新しいゲームを楽しんでもらいたい」という思いだけで自前のオセロを量産していました。

自前の制作するオセロに使用する牛乳瓶のふたは6人の兄弟が毎日1人1本ずつ飲んでいた牛乳で事足りていましたが、やがてオセロ人気の上昇とともに不足することも。

その後、製薬会社に就職した後もオセロを披露していた長谷川五郎会長は、ある日担当していた病院の医局長から「このゲームは頭と手と指を使い対話も生まれる。社会復帰を目指す患者のリハビリに最適。何よりも華がある」と太鼓判を押され手応えを感じました。

そして1972年、玩具メーカーのツクダオリジナル(現 メガハウス)の佃社長と企画担当の和久井企画部長に出会ったことがオセロを日本、世界へと羽ばたくきっかけとなります。

通常、玩具の契約期間は1年といわれるなか、破格の10年契約を結び「一緒にオセロを育てよう」と意気投合し、夢を語り合ったといいます。

翌1973年には日本オセロ連盟を設立、1973年4月7日には東京で第1回全日本オセロ選手権大会を開催、その直後の4月25日にツクダオリジナルよりオセロの発売が開始されました。

発売日は三越本店と伊勢丹本店の玩具売場の一部を借りて、アルバイトの女子大生による本式のオセロ盤と石を使用した実演販売を行ったところ1日で57台ものオセロが売れ、実演販売は期間が延長されオセロの販売も好調に推移していきました。

当時の日本オセロ連盟は代表の電話番号が長谷川五郎会長の自宅番号でもあったため、読売新聞にオセロの記事が掲載された4月29日には午前8時から午後4時まで電話が鳴りやむことがなかったといいます。

そして12月末までにオセロは100万台を売り上げ、ファンの数は1000万人を超えるという順風満帆な船出となり、1976年にはイギリスBBCがイギリスチェスチャンピオンと全日本オセロチャンピオンによるオセロ対決を企画、日本代表が勝利したことが世界に報じられるとオセロは世界各国に広がり、1977年には世界オセロ連盟がニューヨークに設立され、世界選手権大会も開かれるようになりました。

「オセロ」は現在、世界中で親しまれるゲームとして発展し、その愛好者は日本国内で6千万人、全世界では6億人にも上るといいます。

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