日本中央競馬会(JRA)の後藤浩輝騎手が自殺

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日本中央競馬会(JRA)に所属する後藤浩輝騎手(40)が2月26日夜に自宅で首をつり自殺されました。

後藤浩輝騎手は度重なる大怪我から幾度となく復帰し活躍をしておりましたが、21日にも落馬し頚椎捻挫の診断をされていました。しかし、大事には至らず翌日22日には予定通り騎乗し2勝するなど怪我の影響を感じさせませんでした。

26日も夕方まで家族と普通に過ごしていたといい、今のところ動機は分かっていないようです。

後藤浩輝騎手は1992年に美浦の伊藤正徳厩舎所属として騎手デビューし、JRA通算成績は1447勝、重賞勝ち鞍は53勝でした。

度重なる大怪我から何度も復帰し、ターフで活躍を続けた後藤浩輝騎手のご冥福をお祈りします。

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後藤浩輝騎手の活躍

後藤浩輝騎手は1992年に美浦の伊藤正徳厩舎所属として騎手デビューし、初騎乗は1992年3月1日に、初勝利は1992年4月4日の中山競馬第4競走でした。

1995年には所属厩舎を離れフリーの騎手となり、1996年にはアメリカ合衆国フロリダ州マイアミ市カルダー競馬場を拠点に活動し、半年間で158戦7勝の成績を残されました。

アメリカでの武者修行の成果か、帰国した1997年以降から成績を伸ばしていき、1998年には年間63勝を挙げ、関東リーディング6位に入る活躍を見せました。

1999年には美浦トレーニングセンター内の騎手寮で、後輩であった吉田豊騎手に対して暴行を加えて負傷させたとして、4カ月の騎乗停止処分を受けています。

2000年には自身初となる年間100勝を挙げ関東リーディングジョッキーを争い、2002年には安田記念をアドマイヤコジーンで勝利し、中央競馬のGI初勝利を挙げました。

2004年には朝日杯フューチュリティステークスでマイネルレコルトで勝利し中央競馬のGI2勝目、2006年にはジャパンカップダートでアロンダイトでGI3勝目を達成しています。

2010年には安田記念をショウワモダンで制し、2011年にはエリンコートで優駿牝馬(オークス)を制して初のクラシック勝利を挙げています。

後藤浩輝騎手の度重なる怪我

2012年5月6日に騎乗したNHKマイルカップの最後の直線で落馬し、「頚椎骨折の疑い、頚髄不全損傷」と診断され、4カ月の休養を余儀なくされました。

復帰した2012年9月8日にも本馬場入場時に落馬してしまい、検査の結果「第一、第二頸椎骨折、頭蓋骨亀裂骨折」と診断され、1年以上にもわたる休養となってしまいます。

2013年10月5日、約1年ぶりに復帰を果たし、重傷を制覇するなど順調な回復をうかがわせていましたが、2014年4月27日に再び頸椎骨折の怪我を負い、一時は引退をも考えるも懸命にリハビリをこなし、2014年11月22日に復帰し、競馬場内から大きな歓声が上がりました。

2015年2月21日にも落馬し頚椎捻挫の診断を受けるも、翌日22日には2勝を挙げていました。

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