決闘罪の容疑で少年を逮捕、決闘罪とはそもそも何か

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突然だが想像してみてほしい。
過去に制定されて埋もれていた罪が、現代になって適用事例が増えている事態を。

静岡県警少年課と細江署は2月18日、「決闘罪」の容疑で浜松市の少年を逮捕しました。逮捕容疑は2014年12月13日夜、顔見知りの少年に電話をし1対1の決闘を挑んだ疑いです。

細江署によると、決闘罪で逮捕された少年は浜松市内の少年グループのリーダーで、少年を中傷する内容の動画を別グループの少年らがインターネット上に公開したことに腹を立てたといいます。

少年らはそれぞれ二十数人ずつの仲間を集め、1月7日未明に浜松市内の公園で鉄パイプや金属バットなども用いた決闘をし、けが人が複数出ています。

細江署では決闘に応じた少年も決闘罪の容疑で書類送検し、他の少年については傷害容疑などでの立件を視野に捜査を進めています。

決闘容疑で少年逮捕 中傷動画に立腹か 浜松
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150218-00000031-at_s-l22

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決闘罪

「決闘罪」は「決闘罪ニ関スル件」という明治22年に制定された法律で、決闘および決闘への関与を禁止しています。

「決闘罪」では決闘を挑んだもの、応じたものに6カ月以上2年以下の懲役が科せられ、決闘を行ったものには2年以上5年以下の懲役となります。

また決闘に立ち会ったものは、立会を約束したもの、事情を知った上で決闘場所を提供したものには1カ月以上1年以下の懲役となります。

そして決闘により人を殺傷した場合は「傷害罪」「殺人罪」と比較して処罰され、決闘に応じないという理由で人の名誉を傷つけた場合は、「名誉毀損罪」で処罰されることになります。

「決闘」の定義については、判例によって「当事者間の合意により相互に身体又は生命を害すべき暴行をもつて争闘する行為を汎称するのであつて必ずしも殺人の意思をもつて争闘することを要するものではない。」としています。

決闘罪が制定された背景

明治21年、当時新聞記者であり後に総理大臣となった犬養毅氏に対し、雑誌「日本人」の社員であった松岡好一氏が決闘を申込み、犬養氏は応じなかったという事件が報道されたことで、決闘を挑むことが頻発したことが法律制定の一因と言われています。

現在の「決闘罪」適用事例

明治時代の「決闘罪」制定以来、ほとんど適用の機会はありませんでしたが、「暴行罪」や「傷害罪」での立件が困難であるような少年少女などによる「タイマン」が「決闘罪」に該当するという判断が下されて以降、2005年には34名が決闘罪を適用されています。

2005年ごろから決闘罪の適用が増えた理由として、少年少女による「タイマン」や暴走族などの抗争においては被害届が提出されることが少なく、「傷害罪」や「暴行罪」としての立件が難しいものであっても、「決闘罪」では決闘の場に立ち会っていることで成立となることから、都合がよいものだったのかもしれません。

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