ディズニー「くまのプーさん」が実写映画に

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ディズニーが「くまのプーさん」の実写化を計画していると「Deadline」が報じています。

実写版「くまのプーさん」では、プーさんの友達である人間のクリストファー・ロビンを主役に、クリストファーが大人になり、プーさんの住む100エーカーの森を訪れるという物語になるようです。

脚本を手掛けるのはインディペンデント映画における世界最大の映画祭「サンダンス映画祭」などで注目を浴びた新鋭、アレックス・ロス・ペリー氏が手掛け、ディズニーが製作を手掛ける実写版「ジャングル・ブック」でプロデューサーを務めるブリガム・テイラー氏が「くまのプーさん」実写版の製作も担当するとみられています。

ディズニーでは、過去に手掛けてきたアニメ作品の実写版製作を立て続けに行っており、すでに公開されている「アリス・イン・ワンダーランド」や「マレフィセント」、4月25日に日本で公開される「シンデレラ」のほか、エマ・ワトソンが主演を務める「美女と野獣」やティム・バートンがメガホンを取る「ダンボ」などの実写版作品が企画されています。

ディズニー『くまのプーさん』を実写化!:シネマトゥディ

Disney Sets Live-Action ‘Winnie The Pooh’ Film; Alex Ross Perry To Write:Deadline

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くまのプーさん

「くまのプーさん」は、1926年に発表されたA・A・ミルンの児童小説「Winnie-the-Pooh」で、くまのぬいぐるみである「プー」と、森の仲間たちとの日常が描かれています。

A.A.ミルンは「くまのプーさん」を息子であるクリストファー・ロビン・ミルンが持っていたテディ・ベアから作品を着想したといい、息子のためにテディ・ベアが活躍する物語を作りました。そのキャラクターは発表当時から人気を集め、30以上の言語に翻訳されて世界中で親しまれるようになっています。

1960年代にはディズニーによってアニメーション作品が製作され、大きく知名度を上げるようになりました。

また、「プーさん」の「モデル」となったテディ・ベアは、世界で初めてテディ・ベアと呼ばれるぬいぐるみを作った「ファーネル」というイギリスの会社によって作られたもので、クリストファー・ロビン・ミルンが1歳の誕生日のプレゼントとして購入されたものでした。

くまのプーさんに登場するキャラクターのロバのイーヨーはクリスマスプレゼントとして、子ブタのピグレットは隣人からのプレゼントとしてクリストファー・ロビン・ミルンに与えられていたものです。

A.A.ミルンはくまのプーさんの執筆が進むと、物語に登場させるために新しくカンガルー親子のカンガとルー、トラの子供ティガーのぬいぐるみを購入しています。

これらキャラクターのモデルとなったぬいぐるみは、A.A.ミルンの「出生証明書」をつけられて、アメリカで長年にわたり各地で展示され、1987年からニューヨーク公共図書館で展示・保存されています。

「くまのプーさん」作者、A.A.ミルンのと息子クリストファー・ミルンの苦悩

「くまのプーさん」の人気により、A.A.ミルンや幼い息子クリストファー・ロビン・ミルンへの取材が殺到するようになったといわれ、マスコミによるプライバシーの侵害などを危惧したA.A.ミルンが児童文学から身を引くことを決意した一因となりました。

その後も「くまのプーさん」の出版物は版を重ね続け、キャラクター商品も多数作られるなど作者の手を離れ人気が独り歩きしていくようになります。

A.A.ミルンが児童文学と決別し様々なジャンルの小説を手掛けるも、「くまのプーさん」に匹敵するような成功は収められず失意の晩年であったといわれ、1939年に発表した自伝「今からでは遅すぎる」の中で次のように自嘲しています。

私の最新の戯曲の主人公は、ああ神さま、『クリストファー・ロビンがおとなになっただけ』なのだ。つまり、子どものことを書くのをやめても、今度はわたしがかつて子どもだった人びとのことを書きつづけるのだという。

A.A.ミルンは「くまのプーさん」執筆前より、雑誌「パンチ」の作家として児童文学で高い評価を受けていました。

しかし、1955年にA.A.ミルンが亡くなった際、各メディアでいくつもの追悼文が発表されましたが、「くまのプーさん」以外の業績を讃えたのはわずか一誌「パンチ」のみであったといいます。

また成長した息子、クリストファー・ロビン・ミルンは尊敬していた父と同じく作家を目指すも挫折し、社会で苦労を重ねるうちに父に対する嫉妬や怒りを感じるようになっていきます。

後年に出版された自伝「くまのプーさんと魔法の森」でクリストファー・ロビン・ミルンは、当時のことを振り返っています。

父は幼いわたしの肩にのぼり、父がいまある地位にまでのぼりつめたのだと。父がわたしの名誉を盗み、わたしには、父の息子であるという空っぽの名声だけをのこしてくれたのだと。

その後、クリストファー・ミルンは両親の反対を押し切り結婚、父・A.A.ミルンと絶縁し、A.A.ミルンが亡くなるまで絶縁状態が続きました。

クリストファー・ミルンの父との精神的な和解は、1974年に出版された「魔法にかけられた場所」にはじまる一連の自伝執筆を通してであり、後年はA.A.ミルンの記念碑除幕式や、「くまのプーさん」関連の企画に参加していました。

クリストファー・ミルンも執筆活動を続け、1996年に75歳でその生涯の幕を閉じています。

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