俳優の萩原流行さん、バイク事故死

俳優の萩原流行さん(62)がバイク事故により亡くなられたと報じられています。

4月22日の夜に、東京都杉並区で男性が倒れているのが発見され、その後病院に運ばれたものの1時間半後に死亡が確認されました。警視庁では免許証などから俳優の萩原流行さんとみて確認を急いでいます。

現場のそばには萩原流行さんの愛車であるバイク、ハーレー・ダビッドソン(883cc)が倒れていたことから、バイクに乗っていて転倒したとみて詳しい状況を調べています。バイクには大きな損傷は見られず、発見当時、バイクと萩原さんの距離は約1メートルでした。

薬物や飲酒の摂取の有無などについては血液検査で鑑定中としており、身元は妻のまゆ美夫人が確認されました。

現場付近で事故を目撃した男性によると、事故当時は激しい雨が降っていたためか、事故の衝撃音は聞こえなかったといい、事故直後に現場を目撃した男性は「手が動いていたから、大丈夫だと思ったが…」と話しています。

俳優の萩原流行さん バイク事故で死亡か

萩原さんは2013年1月に、乗用車を運転中に自転車と接触事故を起こし軽傷を負わせ、所属事務所は「前方不注意でブレーキを踏むのが遅くなった」と説明していたことに加え、2014年10月には、乗用車の運転中に歩行者と接触し左腕に2週間のけがを負わせるも、そのまま走り去っていたとして、自動車運転処罰法違反(過失傷害)などの疑いで2015年3月に書類送検されていました。

また2015年3月23日には、大型バイクを運転中に転倒し、右腕を打撲するけがを負っていたことが所属事務所により発表されており、前を走っていたトラックが急停止したことに気がつき、これを避けようとして転倒したということで、都内の病院に救急搬送され、治療と精密検査のため入院していました。

萩原流行さんのご冥福をお祈りいたします。

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事故には警視庁の護送車が絡む

目撃証言などから車線変更してきた車を避けようとして転倒し、後方から走ってきた車にひかれた可能性があるとして警視庁は調べています。

萩原さんのバイクは片側3車線の直線道路の中央を走行、左車線を走っていたワンボックスカーが右に車線変更してきたため、互いにすれすれの距離まで接近。直後にバイクが進行方向右側に倒れ、萩原さんが投げ出された。上半身が右側車線にはみ出す形であおむけに倒れ、後方から走ってきた乗用車に胸をひかれた可能性があるとして、ワンボックスカーと乗用車の運転手から事情を聴いています。

この「ワンボックスカー」について、警視庁の護送車であることがわかり、自動車運転死傷行為処罰法違反(過失致死)容疑で、護送車を運転していた高井戸署の男性警部補(55)らから事情を聴いています。

男性警部補は留置中の容疑者を、同署員2人と病院に護送中だったといい、警部補らは「ひいた感覚はなかったが、ドンとバイクが転倒した音が聞こえた」と話しています。

護送車は当時、路上駐車していた車を避けるため、左車線から萩原さんが走っていた中央車線に車線変更していました。萩原さんは、護送車を避けようとしてバランスを崩した可能性があるということです。

護送車には接触した跡があった模様です。

萩原流行さん

萩原流行さんは1953年4月8日生まれの62歳。東京出身で映画やテレビで個性派俳優として活躍するかたわらでバラエティー番組にも出演し、気さくでひょうきんなキャラクターで人気を集めました。本名は萩原光男(みつお)さん。

高校卒業後の1982年に劇団つかこうへい事務所に入り、つかこうへいさんの戯曲を元に製作された映画「蒲田行進曲」に出演して注目を集めました。

その後、映画「里見八犬伝」や、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」、「スケバン刑事3」「教師びんびん物語」などにも数々の人気作品に出演、2000年代以降にはテレビのバラエティ番組にも出演し、ウエスタンルックとテンガロンハットで登場するなど気さくなイメージをお茶の間に与えていました。

1988年頃から妻で女優のまゆ美さんがうつ病を患い、発症から1年後には萩原流行さんが浮気し家庭を顧みなくなったといい、まゆ美さんはリストカットによる二度の自殺未遂を起こして家出したこともありました。

37歳の時には自らが座長を務めるミュージカルの公演初日、リハーサル中に体のだるさと40度近い高熱が出て、、公演後にとった1週間の休みでも症状は治らず、ドラマの収録現場では「台詞が頭にはあるのに、口から出てこない。撮り直しが50回を超えたころ、監督に撮影の中止をお願いしました」と後に症状について明かし、躁うつ病と診断され、精神安定剤や睡眠剤を服用し仕事に復帰しておられました。

2009年には夫婦でうつ病と闘った体験を著書や講演で明らかにされています。

まゆ美夫人が最後の様子を明かす

妻・まゆ美さんは23日朝に都内にある自宅で悲しみを語りました。

憔悴しきった様子で自宅前に現れたまゆ美さんは、萩原さんが美容室に行く途中であったことを明かし、「出掛ける時は普通にバイクに乗っていったので。私もちょうど出掛ける時だったので『じゃ気を付けてね』って言いながら別れたんですけど。それが最後になりましたけど…」と突然の訃報に唇をかみました。

萩原さんの遺体は検視が済んでおらず、葬儀のめどは立っていないながらも、生前から「死を公表するな」「墓もいらない」などと語っていたということから、葬儀は密葬形式で行う予定だとしています。

最近はなぜか昔話をすることが多くなっていたといい、「20歳から42年間ずっと一緒でしたので…まるで夫婦漫才のようでした」と瞳を潤ませました。

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